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【メディア掲載のお知らせ】イタリア語検定協会会報誌LeAli第31号

(特定非営利活動法人)国際市民交流のためのイタリア語検定協会

会報誌 Le Ali 31号(2020年春季発行)原稿


イタリアワインの発展とエノテカ・バール文化


イタリアのバールにはさまざまなタイプがあり、なかでもワインショップに併設されているものをイタリア語でエノテカ・バール(enoteca/bar)と呼ぶ。ワインをボトルで購入するのみならず、その場でグラスでワインを楽しめる。たいがいは立ち飲みで、その立ち飲みスペースをバンコ(banco)と呼ぶ。銀行のバンカの語源のバンコはカウンター、机、ベンチと幅広い意味を持つ。




エミリア・ロマーニャの州都ボローニャで最も古い部類に入る、オステリア・ディ・ポエーティ(Osteria De’ Poeti)(”詩人たちの居酒屋”の意)では酒屋のバンコの原型を見ることができる。電気や冷蔵庫のない時代、ワインの温度管理のため、このオステリアの場合は入り口から真っすぐ伸びた階段を下りる。まるで別の世界にワープするかのよう。夏のボローニャは30度を超えることもざらだが、地下は四季を通じて約12度から15度程度に保たれ温度変化も小さい。いまでもワインの保管やサービスに大いに活用されている。地下にはヴォ―ルト天井の美しい大広間が3つある。そのひとつには農家風の白い大きな暖炉があり約400年前のものだという。店主に昔の写真を見せてもらう。地元の“のんべえ”たちが勝手にワインを注がないよう、まるで檻のように頑丈な黒い木格子がバンコと一体化している。檻の向こうの係が大樽からピッチャーにワインを注ぐ。かつてイタリアのワインはこのような量り売り(はかりうり)が主だった。人びとは檻つきバンコに群がり、持参した容器にワインを詰め家へ持ち帰った。やがてその場で飲む者も現れオステリアは”居酒屋”と同義となり、ワインの量り売りの習慣はいつしか廃れた。しかしいまも地方の古い酒屋や、ワイナリーの直売所には、まだ量り売りの文化がかろうじて残っている。

今日のイタリアワインの世界的な隆盛を観れば、ブドウ農家がワインを生産し、ボトル詰めしラベルを貼り、自分たちの家族のストーリーの詰まった “ブランド”として宣伝して売ることはさも当たり前に思うかもしれない。しかし一部の貴族やピエモンテ州のバローロ(Barolo)やトスカーナ州のキャンティ(Chianti)などの古い銘醸地を除き(そういうワインは王侯貴族しか手が届かなかった)イタリアのワイナリーの大部分は第二次世界大戦後、本格的には1960年代以降に急速に成長した。それ以前は、農家はもっぱら自家製のワインをのみ、親戚や知り合いにも分けていた。都市の住民は前述のオステリアやエノテカといった酒屋が農家から仕入れたワインを容器をぶら下げて買いにいった。筆者のソムリエ修行先のボローニャのマルサラ通り(Via Marsala)にあるエノテカ・イタリアーナ(Enoteca Italiana)という店は、当時イタリアで増えはじめたイタリアの新しいワイナリーからボトルワインを仕入れて、20州すべてを網羅しようという意欲を持った若者たちが集まり1972年に開業した。流通が今でも発達しきれていないイタリアでは画期的な試みだった。

この店のバールに話を戻そう。朝は目覚めのエスプレッソを求めて立ち寄る出勤前の客。12時から15時にかけてランチのパニーノを求める背広姿、近所の商店主でごったがえす。パニーノはボローニャのモルタデッラ(mortadella)、パルマの生ハム(prosciutto di Parma)、サラーメ(salame)の中からを選ぶとその場でスライスしてパンにはさんでくれる。それをグラスワイン(スパークリングや白、赤を合計30種類ほどから選べる)で胃に流し込み、ほろ酔い気分を再び熱いエスプレッソでしゃきっとリセットしてからまた職場に戻っていく。こんな調子だから平日の昼間からワインを飲んでも引け目を感じない。そこが日本と大きく違う。イタリアのワインは食事をおいしくするために欠かせないものだからだ。17時を過ぎると今度はアペリティーボの時間。地元ボローニャ大の学生も多い。パルミジャーノやハム・サラミ類をつまみながら、好きなワインをグラスで楽しむ。時間をつぶしながら喉を潤し、小腹を満たし、おしゃべりをしながら友人や家族と待ち合わせる。やっと20時を過ぎて開くトラットリアやリストランテに連れだって消えていく。こうしてイタリアのバールは人びとの生活に密着し、彼らの人生の一部となって、きょうもあすもそこに存在する。

最後にバール初心者向けに正しい朝食の手順を。店に入ったらバンコの店員の目をみて笑顔で「ブォンジョルノ」。自分の存在をさりげなくアピールし注文をスムーズにきいてもらうため。次にカップチーノを注文。飲み物を待つ間ショーケースを物色。チョコ、カスタードなどをはさんだパンブリオッシュ(pain-brioche)を紙に包んでもらい手で受け取る。それにかぶりつくやいなやカップチーノが差し出される。うろうろ座る場所など探さずバンコで定位置を決めたら立ち食い・立ち飲みでさっと済ませる。仕上げにもう一杯エスプレッソを注文。最後にショットグラスの水で口をさっぱりさせたら自分が食べたものを正直に申告してレジで会計を済ませる。(大きなバールで先払い制の場合はレシートをバリスタに渡す)最後に再び店員とアイコンタクトをして「グラツィエ」を言って立ち去る。この一連の流れを地元客に混じってよどみなくできれば、旅先で小気味よい一日をスタートできるだろう。


櫻井芙紗子 日伊協会理事

イタリアワイン文化講座担当


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